文才とは?ウェブライティングで収益を上げるなら必要ない理由

文才,ライティング

こんにちは、アフィリエイトサイトを運営しているちあき坊や君だよ。

今回は、読者の一人から

読者さん
ライティングってやっぱりどうしても文才やセンスによるところが大きいですよね?ひーん・・・

という相談をもらった。

ちあき坊やさん
相談っていうか、記事ネタのためにムリヤリ質問させたのだ!!

ここで指すところのライティングとは、ネット上のメディアで記事を書いたりするための文章術だ。

小説家とかを目指すための文章ではない。

うん。

このブログは、そもそもアフィリエイトや個人ビジネスのためのメディアなので、そのテイで話を進めさせていただく。

 

さて、アフィリエイトやブログにおけるライティングにおいては、果たして「文才」やセンスは必要なのだろうか?

まあ、きっと想像できる通り、 文才はウェブライティングにはマジで一切関係ない。

そんな結論なのだが、もうちょっと「文才」や「センス」について言及していこう。

文才って何なのか?

まず、一般的に言われている「文才」とか「センス」のことを考えてみたい。

言葉の定義は曖昧だろうが、「文才」とはつまり 「文章を書く先天的な才能」のことを普通は指す。

要するに、生まれつきで高い表現力や、言葉運び?などを感覚でできてしまう才能のことだ。

確かに、売れる小説家とかになるためには、ある程度は生まれつきのギフトも必要な世界だろう。

いくら練習しても一生ヒットしない作家や小説家はきっとたくさんいるだろうし、本当にそこは文才の世界なのかもしれない。

 

だが、少なくとも、個人が収入を得るためのウェブライティングにおいては、ほとんど文才やセンス、才能というものはそこまで必要なものではない。

それは事実だと思うのだが、でも実際問題、最初から文章がめっちゃ上手な人と、めっちゃヘタな人がいるのも事実だ。

いくら「情報発信には文才もセンスも関係ないですよ!」だなんて言われたところで、やはりデフォルトの上手い下手はある。

それらは、どう認識しておくべきなのだろうか。

そんな話を、以下からしていきたい。

やっぱり文才はあった方がいい

ブログやアフィリエイトは、「文章を書くスキル」がモノをいう。

読者さん
ブログをやるんだったら文才が必要なんじゃないの?

って思うこともあるだろうし、

読者さん
自分には文才なんてないから、ブログは向いてないんじゃあ・・・

って心配になることもあるだろう。

 

だが、そんなことは一切心配しないでいい。

才能やセンスなんて気にする必要は全くない。

 

と、言いたいところだが、一概にそうとも言えない部分もある。

 

うーん。

言ってしまおう。

 

ライティングって、ぶっちゃけ、文才があるに越したことはない。

ウェブ上におけるライティングは、正直センスの領域も、実はけっこうデカい。

 

ビジネスやライティングを学んだことのない人でも、最初からめちゃめちゃ面白い、上手な文章を書ける人はやっぱりいる。

一方、たくさんライティングのことは勉強しているし、いっぱい書いているんだけど、なかなか上達しない人もたくさんいる。

 

その違いは何なのか?といえば、正直、文才だ。センスだ。

ぶっちゃけ、デフォルトでめっちゃ文才のある人は存在する。

羨ましくなるくらい表現力が豊かで、面白い文章を書ける初心者もいる。

誰もがスタート地点で全く同じステータスのわけがない。

小学校の頃から勉強のできるヤツ、運動が得意なヤツがいたように、やはり初期設定のセンスはある。

それは揺るぎない事実だと思うのだ。

文才はいくらでも磨けるぞ

もちろん、この「文才」や「センス」というのは、単に先天的な要因が全てが決まるわけではない。

思うに、

 

先天的な能力 × 経験値 × 環境 × これからのやる気

 

こういうのをひっくりめた上でのセンスだと思う。

少なくとも、ウェブ上の情報発信やライティングにおいては、生まれつきの才能は、あんまり気にしなくていい。

なんか、「文才」とかっていうと、どうしても先天的なものをイメージするだろうが、そんな生れつきの神から授かりしギフトについてあーだこーだ語ってどうすんの?っていう気持ちは正直ある。

そんなものを懸念したところで、前には進まないのだ。

 

もちろん、小説家とか作家とかのように、メシを食うにはあまりにも厳しい世界で戦って行くのであれば、生まれつきのセンスに左右される要因も確かにデカいだろう。

だが、ウェブ上で文章を書いて収益化させるレベルの文章力であれば、いくらでも後天的に身につけていくことができる。

いわゆる「文才」と呼ばれる領域の感覚も、磨ける。

もしかしたら「文才は磨けないですぞ!」だなんて主張する人もいるかもしれないが、まあ、行けるところまで磨くのが一番いいと思う。

実際、練習してたら、けっこう「感覚」の領域も本当に磨かれてくる。

 

そもそも、センスとは、人それぞれのオンリーワンであって、他者と比較するものではない。

みんなが同一直線上で、相対的に「あの人の方がセンスある」とか比べる必要はないのだ。

プロスポーツ選手や芸能人などなら、輝ける才能はどうしても相対的な評価になってしまうが、ウェブ上の情報発信やライティングであれば、他者と比べて、勝った負けたというパラダイムを持ち込む必要がない。

自分だけのユニークネスを発揮して、そのメッセージが訴求する人に届けさえすればいいのだ。

作業を継続させるためには文才はあるに越したことはないよね?

だが・・・

現実的には、多少なりともセンスのある人が、継続的にブログやアフィリエイトで発信し続けているのだと思う。

「よし、ライティング頑張ろう!」となった時に、あまりにも文章のセンスを自身に感じられなかったら、そりゃあ記事を書くのを長続きさせるのは難しいだろう。

おそらく、ブログやアフィリエイトをちょろっとやってみたけどダメだった人は、ちょっとやってみて

「あ・・・文章書くのってこんなに難しいんだ。ちょっと自分にはあってないかも」

って感じて、それで辞めていくのだと思う。

そういう意味では、デフォルトの文才も、なかなか大事だ。

その人の行く末を決定する大きな要因にもなっていると思う。

ミモフタモない話だが、初期状態で「ワイ、センスあるな〜」っていう自覚がある人の方が継続させやすい。

あるいはシンプルに書くことが大好きな人とか。

そういう意味では、やっぱり正直、センスはあったほうがいい。

文才がない人はネット上のビジネスを諦めた方がいいのか

まあアレだ、だからって諦めるのはあまりにももったいない。

僕とか、アフィリエイトをスタートした当時は、マジでセンスのかけらもなかった。

実際、昔作ったレポートを今の読者さんに見せたことがあるのだが、割とマジでドン引きされた。

「アレはさすがにやばいですよ〜」

って言われた。

ちあき坊やさん
恥ずかしかったです

まあでも、センスとかそんな価値観に囚われることなく、ただただ文章を書き続けてきた。

そしたら、案外自分の思っていることをスラスラ書けるようになるものだ。

うん・・・。

 

実は、ここからが本題だ。

 

まだ本題に入ってないんだね。

今から本題に入っていくからね。

「センス」の正体がわかれば、今後自分はどう立ち回っていくべきか?もきっと見えてくるようになる。

と、いうことで、以下から、ライティングにおける文才やセンスについて、その正体を考えてみよう。

「センスある人」ってなんなのか

ライティングのセンスがある人ってどんな人か?を先に考えてみると、カンタンに言うと、

感覚で面白い文章が書ける人

がそれに当たると思う。

あんまり頭で論理的なことは考えず、深く思慮しないで、努力しないで、読みやすい訴求力の高い文章を書く。

これがセンスだ。

で、ここには、過去にどれだけ論文や作文をいっぱい書いてきた経験とか、そういうのはあんまり関係ない。

「文章を書いた経験」というよりかは、それまでの経験、いかに人と関わってきたか?がモノを言う。

と僕は思う。

だから、わざわざ「自分、文章ニガテなんすよね〜」とかいうラベルを自分に貼り付ける必要は一切ない。

 

確かにビジネスは、得意不得意があると思う。

キャラ勝負のユーチューバーとして活動することがどうしても苦手なタイプもいるだろうし、人を束ねるのが苦手な人、細かい業務が苦手な人・・・

そんな感じで、人それぞれ、得手不得手はあるだろう。

 

だが、僕は「文章」はちょっと違う、と僕は考えている。

 

そりゃあデフォルト状態での文章力、文才の違いはあるかもしれない。

だが、ネット上でビジネスをやるのであれば、文章力なるものはどうしても必要になってくる。

たくさん情報発信して、自分の考えを伝えて、ビジネスを学んで、そんな活動を通して、より人生のステージを高めていくことができるのが文章だと思うのだ。

だから、当たり前のように、トレーニングした方がいい。

たとえその文章からお金が発生しなくとも、必ず底力が身につく。

案外、そういう姿勢で取り組んでいる人の方が収益が伴っているものなのだ。

 

もちろんこれは偏った意見だし、やりたくない人はしなければいいだけの話だ。

でも、あまりにも文章は伸びシロしかない。

そんな伸びシロに目を向けずに、じゃあ他にどうやって頑張るの?

と。

僕はそう言いたいのだ。

ブロガーとかアフィリエイターとしての文才とは

個人のビジネスで収益を上げるために必要なものは・・・

それは、

「いかに相手のことを考えられるか?」

という能力だと僕は考えている。

 

おそらくこれが、ライティングセンス、文才の正体だ。

と思う。

 

「これを言ったら相手はどう思うだろうかな?」

「どうすればもっと伝わりやすくなるかな?」

こんなことをずーっと考えて、その時その時で適切な話を展開していく能力がライティング力だ。

(もちろん、ライティングスキルの全てがこれというわけではありません)

 

感覚で文章をスラスラ書ける(=センスがある)人は、今まで文章を書いた経験はなくとも、最初からガンガン惹き込まれるような面白い文章を書ける。

これはもう、前述したように、その人それぞれのこれまでの人生経験によって左右される。

イチイチ頭で考えずとも、感覚で、自然と相手のことを考えられている。

 

って考えると、文章力とは、センスや文才がどうこうというよりも、どちらかというとコミュニケーションの能力のことなのだ。

同じ時期にブログをスタートして、センスがある人とない人に分かれるのは、もうこれは「文章を書いてきた経験」とかではない。

そうではなく、

 

いかにこれまでの人生、いろんな経験をしてきたか?

そして、その経験から、どれほどのたくさん物事を考えてきたのか?

 

に寄るところがデカいというわけだ。

 

もちろんこれらは1つの考え方でしかない。

が、おそらく「センス」の正体の、大きなウェイトを占めるものは、これだと思う。

つまり、センスとは先天的なものではなく、経験値。

社会や人との関わりの中で、どれだけ相手のことを考え、どれだけ傷ついたり、喜んだり、失敗してきたか?

こんな感じで、「あらゆる物事に対していかに考えて生きてきたか?」がセンスといえる。

つまり、センスというものは、これからいくらでも磨いていくことができるのだ。

ライティング「感覚」と「論理」について

ここまで、 「センスがある人=深く考えずに”感覚”で文章を書ける人」という言い方をしてきた。

以下からは、その「感覚」について考えていく。

 

僕はもう、かれこれ5年くらいはいっぱい文章を書いて、多くの人の添削やアドバイスをしてきた。

その中で、ライティング力を成す要素は、大きく

・「論理」で伸ばしていける要素

・「感覚」で伸ばしていける要素

この2つに分けられると思っている。

以下から、それぞれについて詳しく言及していく。

ランティングにおける論理

「論理」というのは、文章をより伝わりやすいように構成していくスキルだ。

  • 日本語が文法的にオカシイ
  • 話の展開がバラバラで、読んでも内容が頭に入ってこない
  • 何の話をしているのかがわからないので、読む気になれない

こういう部分は、知識として学んで、実践していけばいくらでも向上する。

もちろん、「感覚」も向上させていくことはできるが、「論理」はもっと著明に、知識として学んだ途端にわかりやすく伸びやすい。

で、案外多くの人は、こういった 「論理」の部分を整えていくだけで、文章からの反応や数字は劇的に向上する。

だから、論理はめっちゃ大事だし、特に初心者は絶対に抑えておかなくてはいけないポイントではある。

論理だけでは訴求力の高い文章は書けないが、論理を整えるだけで数字はマジで飛躍する。

 

あるいは、文章の構成なども論理の部分だ。

 

相手の興味や関心を引いて話を展開したり、

伝えたいことを適切な順序で伝えようとしたり、

オススメしたい商品を紹介したり、セールスしたり・・・

 

こういうのは、ハッキリ言って文才などが入り込む余地があまりない。

ある程度のロジックを知って、あとはそれに基づいて実践していくだけでこのスキルは身につく。

最初からこれがニガテだからと言って、「自分はセンスがないから・・・」と避けるのはあまりにももったいない。

経験上、「文章がなかなか書けなくて・・・」と嘆いている3〜4割以上の人は、ここでいう「論理的に文章を構成していくスキル」さえ学べば、見違えるほど文章が読みやすくなることが本当に多い。

というより、まずはこの「論理」が司る部分を鍛えていくだけで、普通にライティングでそこそこのお金も稼げるようになれる。

僕も、ひとまずは論理を学んでいくだけで普通に起業できた。

「ライティングや文章でメシを食う」だなんて、実際のところは本当に「ちょっとした努力」で何とかなるのだ。

これはナメて言っているわけではない。

それほど、みんな避けるし、適切に教わる機会もそんなにないから、文章でメシを食えるように
なる人が少ないと思うのだ。

 

ってことで、センスとか才能以外の分野、つまり「論理」を身につけるだけですぐにでも戦っていける。

「ネットで起業してお金を稼ぐ」くらいだったら、正直、センスなんて一切なくとも、十分に成り立つ。

「どうやって論理力を磨けばいいの?」というと、当然ながら「適切な知識を学んで、実践すること」だ。

僕が主催しているメルマガ講座の中でも、無料で「論理」の部分を鍛えるレポートを配布しているの。

宣伝になってしまったが、そっちも良かったら是非ダウンロードしておいてくれ。

ちあき坊やさんのメルマガ講座!

ライティングにおける「感覚」や「センス」

そして、一般的に「センス」だなんて言われているのが、後者の「感覚」の部分だ。

「論理」なんて一切学ばずとも、めちゃんこ実力があって、めっちゃ稼げる人たちもたくさんいる。

そういうセンスがある人は、「論理」の部分を自然と習得できていることがほとんどだ。

もちろん、論理を学べば、その文章の魅力を1〜2割くらい引き出せる余地はあることも多い。

が、だいたい、スラスラと読みやすく、引き込まれやすい文章を最初から書ける人は、あえて論理を学ぶ必要はさほどない。

 

ライティングにおける「感覚」とは何なのか?というと、ここを言語化することは難しいのだが、あえて言葉で説明するのなら「いかに臨場感のある文章を書けるか?」だと思う。

グイグイと引き込まれるような文章は、臨場感が強い。

小説とかもまさにそうだが、臨場感が強いと、読んでいる方がどんどん文章が織り成す世界観に入り込んでいける。

人気ブロガーなどもそうだ。

面白い文章を書くブロガーは、言ってみれば「自分の世界観」に引き込むのが上手だ。

こういう文章を書くためには、「感覚」を磨く必要がある。

これは、「論理」とは違い、知識として学んで、その知識を活かして・・・とか、こういう領域ではなくなる。

どうやってその「感覚」を磨くことができるのか?というと、

「文章を書く際に、自分自身がその世界観に入り込むこと」

だ。

これはホント、言葉で説明するのは非常に難しい。

が、着実に磨ける領域ではある。

 

この感覚を磨くためには、映画や小説などの作品をたくさん読んで、その作品の世界観に入り込むトレーニングをしていくべきだ。

これだけ聞いても「そんなんで本当に上達するの?」なんて思うのが普通かもしれない。

だが、ライティングにまつわる教材や本を読み込むよりも、こういう練習をする方がよっぽとライティング力は上達する。

生まれつきの「文才」と呼ばれる才能の正体も、案外「いかに世界観に入り込むことができるのか?」の能力でしかないとさえ思う。

そのくらい、文章の臨場感は劇的な変わるので、ぜひこれを意識してトレーニングしてみてほしい。

ライティングにおける文才のまとめ!

ということで、今回の話をまとめると、こんな感じだ。

・ウェブ上におけるライティングにおいては「文才」はそんなに必要ない

・でもなんだかんだ、文才やセンスがあった方が長続きはしやすい

・文才は磨ける領域がある

・文才やセンスの正体は「臨場感」にある

・文章力には「論理」と「感覚」がある

・「論理」はきちんと知識として勉強するだけでも著しく反応(数字)は飛躍する

・「感覚」は、映画や小説などの作品をたくさん観たり読んだりして、「世界観に入り込む」トレーニングをしていけば磨かれる

これからのヒントになってくれれば幸いじゃ。

文才とかセンスとか言ってないで、鍛えればその分だけ労力対効果が高いのがライティングだ。

これからもガツガツ鍛えていこう。

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ABOUTこの記事をかいた人

サイト運営、アフィリエイト活動のアドバイスなどをメインに生活している30代。趣味はアウトドアやスポ-ツだが、ムラっ気がある。グッズだけ買って満足するタイプ。ヌルヌルした生き物 NG。苦しくなったらすぐに音を上げたくなる。北海道 - 大阪- 九州にて活動する意味不明の多拠点生活中。